カテゴリ:吾作のものしり箱( 141 )
信濃守の塚跡に碑ができました
朝から外にいるだけで暑い・・・
榊原幼稚園の東に射山神社の「一の鳥居跡」がありますが、昨日の朝すでに暑い中、大きな石が運ばれて見る見る碑が建ちました。
刻まれた文字は「榊原信濃守塚跡」です。
榊原信濃守とは、仁木氏がこの地に城を構え、姓も村の名をとって榊原氏を名乗った初代の興経公です。
古地図を見ると「榊原信濃守塚」があったようですが、経年劣化で朽ちてしまったのでしょう。
その跡も確認できません。
そこで、あっただろう辺りに「跡」として後世に残しておこうと、郷土を想う人たちが組成した地域団体で建立したものです。
全国の榊原さんのここが初代、またご案内させていただきましょう。

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by sakakibara-onsen | 2018-07-13 06:00 | 吾作のものしり箱
林性寺は榊原氏の菩提寺
猫が描かれている涅槃図で有名な榊原の林性寺は榊原氏の菩提寺です。
榊原温泉ふるさと案内人の会で榊原の中心部を案内してもらうと、射山神社と林性寺がよく案内されています。
ちょっと案内人の会が使っているガイド資料をお借りしました。
どうぞご参考に。

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by sakakibara-onsen | 2018-05-24 06:00 | 吾作のものしり箱
紀元二千六百年記念の碑
昭和15年(1940)に神武天皇即位紀元(皇紀)2600年を祝った記念行事が国の行事として盛大に行われました。
榊原村(町)でも賑やかだったようです。
こんな碑が榊原温泉病院の向かいに見ることが出来ます。
「皇紀二千六百年記念
 第二区民一同(横)
 水利□□を守りましょう(裏)」と刻まれています。

奉祝國民歌「紀元二千六百年」
 金鵄(きんし)輝く日本の 
 榮(はえ)ある光身にうけて
 今こそ祝へ この朝(あした) 
 紀元は二千六百年
 あゝ 一億の胸はなる

「金鵄」とは古事記とか日本書紀に出てくる“金色のトビ”のこと、神武天皇の東征で敵の眼をくらませ勝利に導いたという伝説の鳥のことです。

その替え歌
「金鵄」上がって15銭
 栄えある「光」30銭
 今こそ来たぜ この値上げ
 紀元は二千六百年
 あゝ 一億の民は泣く

ここでの「金鵄」「光」は当時の煙草の銘柄です。
ちなみに今年は紀元2678年です。
苦しいのは、いつの時代も同じということですね。
またガソリンの値が上がりました。

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by sakakibara-onsen | 2018-05-17 06:00 | 吾作のものしり箱
射山神社は神代の時代から
世の中の人はすつれど千早振る 神にまかせて住む榊原

榊原の温泉は貝石山のふもとに神代の時代から湧いていた清い温泉でした。
天皇の先祖、アマテラスさまを祀る神宮を伊勢の地に鎮座させて、参宮の前の潔斎(湯ごり)を伊勢に足を踏み入れたこの地の温泉で行われていたのです。
そんな大事な温泉を守るために、温泉の神さまを祀ったお宮さんが射山神社だったのです。
「射山」は元々「湯山」だったのでしょうね。
写真は旧道にある「式内射山神社」と刻まれた一の鳥居跡の石柱です。
田んぼの向こうに神社の森、その背後に貝石山がそびえます。
貝石山も古くは射山(湯山)で、射山神社のご神体でした。
近くで貝石山を眺めると神様がいるみたい。

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by sakakibara-onsen | 2018-05-16 06:00 | 吾作のものしり箱
射山神社に御鏡が輝いています
かけまくもかしこき・・・
申し上げるのも畏れ多いことですが、旧本殿に保存されていた御鏡(みかがみ)が拝殿正面にお姿を表されました。
神社の起源は定かではありませんが、伊勢神宮へお参りの前に湯垢離(温泉でお清め=みそぎ)をされていたころですから、1500年は有に越えていると思われます。
その当時は温泉の神さま、オオナムチノミコトとスクナヒコナノミコトが祭神とされていたようですが、江戸時代に分かることは別宮四社が加わっています。
さらに明治43年に榊原村内すべての神社が合祀されて村社射山神社は現在に至っています。
この御鏡には合祀された記念に奉納されたことが裏面に刻まれております。
拝殿から拝むことは出来ますが、裏面までは見ることが出来ませんので、宮司さんの許可を得て写真で紹介させて頂きます。
かしこみかしこみももうす・・・

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by sakakibara-onsen | 2018-04-30 06:00 | 吾作のものしり箱
白寿を迎えた湯元榊原舘
榊原温泉の老舗旅館、湯元榊原舘は創業99周年を迎えられ、創立記念日の昨夜はロビーでイベントが開催されました。
写真は創業当時のお風呂屋さん。
古代から湧き続けていた源泉より少し下流に、大正年間に湧きだした温泉だったので「榊原新温泉」とも呼ばれていました。
その後、村挙げての榊原温泉復興祭が昭和11年に行われ、これを機に「榊原舘」と改名し、温泉旅館となりました。
当時の旅館パンフレットには一泊二食で2円からとなっています。
そして夜景の写真は白寿を迎えた現在の湯元榊原舘です。
地元の和太鼓グループ「榊原湯の瀬太鼓」が賑やかに演奏されると、ロビーには入れ替わり立ち替わり延べ100人余のお客さんが集まられ、中にはイタリアやイギリスからのお客様もいらっしゃいました。
初めて和太鼓をたたく人、初めてお餅をつく人、ついたお餅が振る舞われる和やかな中、夜のとばりがおりていきます。
榊原温泉の貴重な歴史です。

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by sakakibara-onsen | 2018-04-05 06:00 | 吾作のものしり箱
里の人を守ってきた地蔵さん
榊原の五区に里垣内があって、その西に上山(かみやま)垣内があります。
いまは上山から里に流れる谷杣川に沿って自動車が通れる道があり、それまでの山を越える旧道はほとんど忘れられています。
昔は上山に行くには、その旧道を通るのですが、その道沿いに岩に刻まれた地蔵さんがあります。
こんな仏さんを磨崖仏(まがいぶつ)というのですが、榊原で確認されているのはこれ一つです。
隣の垣内に行くにも山を越えなければなりません。
危険が伴います。
だからここを通る人たちを、地蔵さんが守ってくださったのでしょう。
今も、ときどきお花が供えられています。

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by sakakibara-onsen | 2018-03-13 06:00 | 吾作のものしり箱
榊原の垣内は山の神と庚申で守られています
榊原にはたくさんの垣内(隣組)で区(自治会)が出来ています。
全てがそうではないかも知れないが、垣内の入り口には山の神が祀られ、出口(奥の入り口)には庚申が祀られています。
近年それらは移転されたり、その垣外へ家を建てたりで、その形態は変わってきていますが、1区の丸ケ谷垣内やシャカジ垣内には、それらが見られます。
写真はシャカジの山の神と庚申(左は水神)です。
庚申の向こうは榊原川、そこにヘベノキ橋が架かっていましたが河川改修でなくなりました。
3枚目の写真は庚申・水神の後ろから垣内の集落を撮しました。

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by sakakibara-onsen | 2018-03-12 06:00 | 吾作のものしり箱
物語は8年前にさかのぼります
榊原温泉で冬のイベントを考えようと、当時話題になっていた「お雛さま」に取り組んだのです。
「二見のお雛さま」を視察に行ってその見事さに刺激を受けました。
次に津市内の「大門のお雛さま」も大先輩で、たくさんの雛人形を見せていただきました。
「榊原温泉もされるのでしたら雛人形をプレゼントしますよ」と嬉しい提案がありました。
ただもらうのではなく、榊原に伝わるお嫁入りを再現して「お雛さまのお輿入れ」でいただこうと準備が始まりました。
大門からはご親族として実行委員の方にも来ていただいて・・・
平成22年2月7日に射山神社で滞りなく挙式を済ませ「榊原温泉のお雛さま」がスタートすることになったのです。

神湯館の清原亭を中宿として、輿に乗ったお雛さまは道中伊勢音頭の歌を先頭に嫁入り行列は射山神社境内に入ります。
小学生の巫女の手でお雛さまは拝殿へ。
中では両家の親族が揃い宮司による神式で始まりました。
お雛さま、内裏さまの三三九度の盃は「高砂」が歌われる中、両家の付き添いがお手伝い、媒酌人は旅館組合長ご夫妻がつとめられました。
厳かな挙式が終わると参集殿で雛人形に囲まれて、甘酒での祝宴が続きました。
以下、そのときの写真です。
翌年からは、このお雛さまの御前で記念婚式が行われているのです。

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by sakakibara-onsen | 2018-02-07 06:00 | 吾作のものしり箱
行者講の先達の碑
榊原の安子谷の道路沿いに行者講で大峯山への正大先達(しょうだいせんだつ)を50回された記念碑があります。
今でも行者講を続けている垣内(集落)もありますが、大峯山参りはほとんどの行者講で50年も前には途絶えたようです。
男の子は成人儀礼の一つとして16歳前後に、大峰山へ参ることで一人前の男性として認められるいうことでした。
大峯山の「西の覗き」と呼ばれる絶壁から、命綱を体に縛り、顔から吊るされ覗ける仏像に手を合わせ、先人達の「親に孝行をするか」などの問いかけに、「はい!」と答えるまで吊るされ続けるという過酷なものでした。
忘れられていく先達さんをいつまでも伝えてくれる碑ですね。
大正二年五月建之と刻まれていました。

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by sakakibara-onsen | 2018-01-10 06:00 | 吾作のものしり箱