2018年 11月 20日 ( 1 )
一ノ鳥居跡への古道がきれいに整備
100年ほど前に現在のバス道が射山神社境内を横切って県道が開通しました。
それまでは林性寺の前から一ノ鳥居跡を通り、山のふもと(幼稚園あたり)を西に延びていました。
当時の道路は、今では昔話にもならない、忘れられた古道になっていました。
その一ノ鳥居跡のとなりに榊原信濃守塚跡の碑が建立され、自治会長さんらのお世話で、その古道はきれいに整備されました。
入口は林性寺前の公民館裏から延びた細い道です。
吾作ならこんな案内看板を立てないな。

<古道入口に>写真1枚目
射山神社一ノ鳥居跡 榊原信濃守塚跡の碑 入口
この道路は明治の終わりごろまで主要な道路でした

<碑の側には>写真3枚目
射山神社 一ノ鳥居跡 (左)
 正面の森が射山神社で背後の貝石山が御神体でした
 参道は確認できませんが、ここを往来する人たちは
 この場所で立ち止り軽く頭を下げて参拝をしました

榊原信濃守塚跡 (右)
 信濃守は榊原城主であり南北朝時代には南朝に属し
 伊勢国司北畠氏の北の出城として活躍しました
 榊原氏は仁木義長五代末裔の利長のとき村の地名の
 榊原を姓にして榊原氏を誕生させました
 そのためこの地が榊原氏(家)の発祥とされています

いかがでしょう、ちょっとのぞいてみてください。

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by sakakibara-onsen | 2018-11-20 06:00 | 吾作のものしり箱