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榊原温泉で古代人と混浴しよう
榊原温泉は里人たちが使い始めたのではなく、いくつかの伝説から神宮を伊勢(国)に祭った大和朝廷のようです。
伊勢に神宮が祭られると、禊(みそぎ)をして参拝する習慣があるため二見浦で塩垢離、五十鈴川での水垢離はよく知られているけど、伊勢(国)に入ったこの地で湯垢離(ゆごり)をする慣わしがあったようです。
榊原温泉は貝石山を中心に近くの河原から何カ所かで湧出していました。
貝石山は江戸時代に化石が確認され、その名が付いたもので「湯ノ山」だったようです。
湯山が訛って「射山」となったようです。
神宮の大切な湯垢離の温泉「ななくりの湯」を守るため湯山(射山)を御神体に射山神社が祭られるようになり、延喜式神名帳にも射山神社は壱志郡(一志郡)に確認できます。
大和国に朝廷が置かれたころ、景行天皇の子・ヤマトタケルノミコトは東征に向かう途中、伊勢にいる叔母のヤマトヒメに挨拶に向かう前に伊賀を越え、湯垢離のためこの地に入られました。
その途中、布引山(青山高原)を越えるときに強い風にあおられ、笠を吹き飛ばされました。
里に下りカリキド(仮木戸)の人たちに「あの山は笠取じゃ、私の笠を取っていった」と告げたことから、地元では笠取山と呼び現在では正式な地名にもなっています。
またヤマトタケルの妹・イオノヒメは斎王のお勤めを終えて帰京の途中、隣村で亡くなり「五百野」の地名も残っています。
また継体天皇の皇女・ササゲヒメが斎王になられ斎宮に向かわれる途中、ななくりの湯で湯垢離をされ、この辺り一帯に「榊」が群生していたことから、神宮祭祀にはここナナクリの里から調達されるようになり、時代が経つにつれ「榊が原」と呼ばれるようになり、村の名前も「榊原」になったと伝わります。
榊原温泉ななくりの湯は神宮に向かわれる、ヤマトタケルノミコトや歴代斎王が湯垢離をされています。
榊原温泉は時間的なズレはあるにせよ、古墳時代の朝廷人が使った湯(温泉)です。
その温泉に浸かりながら目をつむり、その人たちを頭に浮かべてください。
浴槽にはヤマトタケルや歴代斎王が一緒に浸かっていますよ。
ひょっとして、清少納言も・・・
タイムマシンを楽しんでもらえる榊原温泉です。

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by sakakibara-onsen | 2019-02-07 06:00 | 吾作
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