昭和11年(1936)12月20日榊原村では「榊原温泉復興祭」が盛大に挙行され、学校の生徒たたちは提灯と小旗を手に「♪温泉復興ばんばんざい」と歌いながら祝い、榊原の西の集落から東の集落、約9キロの道のりを歩き、村中が沸きました。
田中氏は湯治場があった場所から保壽園を移転させ、「神湯館」という旅館を建てました。
その神湯館の大浴場には射山神社の背後、源泉の沸く場所に、京都金閣寺を模したシンボル的な建物、また家族風呂には川沿いに細長く三十三間堂を模して、川には太鼓橋を架けることで観光スポットが出来上がりました。
写真はシンボルとなった大浴場と手前は家族風呂。大浴場の屋根には鳳凰が見えますが、その鳳凰は湯ノ瀬の屋根に移されています。