<   2012年 06月 ( 31 )   > この月の画像一覧
一の坂の観音坂
左下の道路が一の坂の観音坂です。
途中に橋が架かっていますが浦出橋です。
伝説によると浦出橋の下の小川から観音様が出て、写真を撮しているところに観音堂を建ててお祀りをしました。
この観音様が坂の名前になったのです。

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by sakakibara-onsen | 2012-06-30 07:09 | 吾作
もぐり橋
沈下橋ともいわれる、いわゆる「もぐり橋」です。
昔は飛び石を置いて渡ったり板橋だったりで流れに逆らわず川を渡っていました。
左は中の山の里です。
右の山には稲荷さんが祀られています。
昔から人も渡るしキツネも渡る、大切な橋です。
今はコンクリートで固められ板のように流されず水は橋の上を流れます。
ここには風呂(共同の蒸し風呂)があったようで「風呂屋」と呼んでいます。

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by sakakibara-onsen | 2012-06-29 06:55 | 吾作
雨に咲くキンシバイ
黄金色の花が精一杯花びらを広げています。
よく見ると梅の花に似ていますが漢字で書くと「金糸梅」ですから、なるほど・・・ですね。
雨粒を溜めるとまたきれいだ。

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by sakakibara-onsen | 2012-06-28 07:20 | 吾作
各地に見られる大日さん
榊原には10個所以上は見かける大日さん。
榊原では牛の神様として牛を飼う農家にとっては大切な神様。
神様と言っても大日如来を祀る仏さまですね。
写真のように立派なお堂が建てられたり、その中には2枚目の写真....何でしょう?
これは「牛のワラジ」です。
牛の健康を願って奉納されてきたものです。

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by sakakibara-onsen | 2012-06-27 07:16 | 吾作
榊の花
榊原の地名にもなった榊に花が咲きました。
いつも梅雨どきに小さな白い花を咲かせます。
神棚でもときどき花を咲かせることがありますが、きれいな緑の葉の下に控えめに咲いている様は可愛くきれいです。
吾作が俳句を作れたら、そこで一句といくのですが無理です。
これも梅雨に咲く花の一つですね。

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by sakakibara-onsen | 2012-06-26 07:13 | 吾作
あれから2週間 田んぼアート
田んぼアートも田植えから2週間経つとずいぶん形が見えてきます。
線だけで描かれたカエルさんも絵になってきましたよ。
ホタルの顔やカエルは白く塗りつぶされるそうですが、まだ白くなってこないようです。
一週間で少しずつ変化が見られ楽しみですね。

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by sakakibara-onsen | 2012-06-25 07:12 | 吾作
ナンテンの花も咲きだした
あの赤い実を付けるナンテンに細かいつぼみが付いて花も咲きだしました。
また花も小さく可愛い花です。
たくさんの花を咲かせるため小さいのでしょうか。
一年に一回の花です。

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by sakakibara-onsen | 2012-06-24 07:08 | 吾作
ガクアジサイが咲いた
なんかこのアジサイは開けっぴろげに咲いていないのがいいね。
大きい花びら、小さな花びら、それも色が違う。
もう少し小振りのがヤマアジサイ。
そしてまたよく似たのにアマチャがありますね。
比べるのがないとどれがどれか分からない。
写真はガクアジサイだと思うんです。

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by sakakibara-onsen | 2012-06-23 07:15 | 吾作
榊原温泉の起源に触れる
昨日のブログで榊原温泉はずいぶん古くから役立っていたようですね。
都人は伊勢の日出づる国に神宮を祀りました。
天照大神を祭神として最高のお詣りをしたことでしょう。
大和の国を出て伊賀の国、そして伊勢の国に入ります。
道中、一服したところを「仮の○○」で名が残っています。
伊勢国の入口榊原にカリキド(仮木戸)の地名が残るし、さらに下って雲出川の手前にカリノミヤ(山辺行宮)が物部神社に残っており地元では斎王の森と呼んでいます。
ただこの時代はまだ文字で記録される以前のことですから文献はありません。
順番に写真でつづってみますと、まず潔斎をする温泉(湯垢離)湯元跡。
この温泉は昭和の初めごろまでずーっと使われていました。

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まだ地名がナナクリで榊原になっていないときです。
ななくりの湯は都人の神宮参拝には欠かすことの出来なかった湯垢離の場所でした。
伊賀を越え伊勢榊原にはいると山道には榊が生い茂り、それが目に止まったのでしょう。
継体天皇の皇女ササゲヒメノミコトが斎王になられたとき、物部氏に使いを出して榊をお採りになった。
その榊を射山神社から湧く泉に一夜浸して神宮に運ばれました。
その泉を長命水と呼び、地名も榊原になったと伝わるのが1,500年昔のことです。
写真は手水所になっている長命水と湧き出る洞穴(鳥居の奥)です。

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都人は、この温泉は神宮と共に護らなければと温泉の神(オオナムチノミコト、スクナヒコナノミコト)を祭神とし、貝石山を御神体とした湯山神社(後に射山神社となる)を祀ったのでしょう。
現在は神社境内に神殿を置き貝石山は奥宮さまと呼ばれています。
写真は湯の瀬川の対岸にそびえる貝石山です。

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こんな話がお好きな方は右側で「カテゴリ」が選べます。
その中の「吾作のものしり箱」にまとめておきました。
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by sakakibara-onsen | 2012-06-22 07:14 | 吾作のものしり箱
都と直結の榊原温泉
6月15日のブログでは「榊原温泉と芭蕉さん」を書きました。
芭蕉さんが亡くなったのが元禄7年(1694)ですので318年も経つのです。
でも榊原温泉はもっともっと古くから知られた天下の温泉です。
都で「ななくりの湯」を題材にした和歌がたくさん詠まれています。
「一志なる七くりの湯も君が為・・・」は延慶3年(1310)にできた夫木和歌抄で700年も前です。
そして清少納言枕草子「湯は ななくりの湯」は1011年も前です。
平安時代ですから、かぐや姫みたいだったのでしょうね清少納言は・・・
まだまだ遡り、伊勢神宮から榊を採りに来られたのは継体天皇の皇女・ササゲヒメノミコトでしたから、何と1500年も昔です。
このころは神宮湯垢離(ゆごり=潔斎)の温泉として都人に馴染みがあったのでしょう。
南朝一族の北畠國永家集に榊原のことを「神に任せて住む榊原」と詠んでいます。
歴史を辿ってみると榊原温泉は、神宮湯垢離の神事で始まり、恋の温泉、湯治、そして現在の癒しと続いています。
そんなことを、ぼけーっと頭に浮かべながら温泉に浸かってください。
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by sakakibara-onsen | 2012-06-21 06:50 | 吾作のものしり箱