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カテゴリ:吾作のものしり箱( 122 )
榊を神宮へ10回目の献枝祭
1500年前、継体天皇の皇女ササゲヒメが斎王になられたとき、この地の榊を神宮で使われるようになって地名が「榊原」となったという伝説に基づいて、10年前から献枝祭の名で神宮へ「榊の奉納」を行っています。
昨日は記念すべき献枝祭が滞りなく行われました。
その模様を写真でお伝えします。

b0145296_1928129.jpg出発前の榊
b0145296_19281233.jpg外宮参道へ
b0145296_19282349.jpg行列が続く
b0145296_19283357.jpg榊原温泉や
b0145296_19284354.jpgざくざく
b0145296_1928568.jpgざくざく
b0145296_1929946.jpgざくざく
b0145296_19291949.jpg神楽殿へ
b0145296_19292910.jpg神職に引継
b0145296_19294089.jpg神前へ
b0145296_19295111.jpg外宮参拝
b0145296_193035.jpgご一行集合
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by sakakibara-onsen | 2017-02-13 06:00 | 吾作のものしり箱
昨日は「みゆ」が盛大に
昨日は恋の明神「射山神社」で湯立神事「みゆ」が盛大に行われました。
前夜の雪が残って朝は一面の雪景色、そのため道中を案じてか昨年よりちょっと参詣者は少なかったようです。
ま、そのぶん「みゆ」をたくさん浴びることが出来ました。(笑)
巫女たちが榊原温泉の源泉を運ぶ献湯祭から始まり、お祓いを済ませた源泉は境内の鉄釜に注がれ、すでに沸かされている長命水と混ぜ合わされます。
その中に白米と塩少々が加えられ、さらに沸騰させ、その熱湯を宮司が両の手に持つクマザサの束にしっかり含ませ、「無病息災」「家内安全」など祈願のことばと共に参拝者に振りかけます。
終わると使われたクマザサを一本ずつもらってわが家の神棚へ。
そして楽しい餅つきです。
出来たてのお餅は美味しい。
今年は12臼のお餅が参加者のお腹に入りました。
そして参集殿には雛飾りも出来上がっています。

b0145296_1919119.jpgみゆ
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b0145296_19384448.jpg無病息災!
b0145296_19391145.jpg家内安全!
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b0145296_19415560.jpg餅つき
b0145296_19435670.jpgおいしい
b0145296_19441965.jpg餅女子会
b0145296_19444043.jpgお雛さま
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by sakakibara-onsen | 2017-02-12 06:00 | 吾作のものしり箱
雨乞いを伝える踊り歌
前日のブログに榊原第一区のかんこ踊りを小学校で披露したことを掲載しました。
そのとき踊られたのは第一区の「神礼」踊りでした。
榊原では昔、水飢饉の年は雨がなく水不足で稲が育たない、そんなとき榊原川の上流「河内谷(こちだに)」へ行って大滝の滝壺に石や木切れを投げ込んで雨乞いをしたことが伝えられます。
大滝には大蛇が住み、滝壺を汚されると大雨を降らし汚物を流してしまうという伝説を信じ、榊原だけではなく下流の大鳥村(津市大鳥町)の人たちも雨乞いをされたそうです。
この踊り歌には、この伝説が組み入れられています。
文化11年(1814)に長谷川儀蔵さんが作られた第一区独特の踊りです。

● 布引山の半腹に
  千筋に落ちる河内(こち)の谷 
    岩を落とせし山彦の
  万里の外に響くなり 
    竜宮これに通(かよ)わじて
 〈返し〉 竜宮これに通わじて
  石木切り込むその時は 
    一転にわかにかき曇り
  四方にうるおう雨降りて

b0145296_10193369.jpg布引山遠景
b0145296_10195381.jpg河内谷の大滝
b0145296_1020436.jpgそれを踊る
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by sakakibara-onsen | 2017-01-20 06:00 | 吾作のものしり箱
榊原では朝から山の神
毎年正月7日は榊原各地で「山の神」行事が行われます。
これから始まりますので、終わってから写真掲載します。
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            ・
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b0145296_926635.jpg火を焚く
b0145296_9261793.jpg人々集う
b0145296_9262841.jpgワラをなう
b0145296_926396.jpg善の綱完成
b0145296_9265171.jpgカギで引く
b0145296_927213.jpg山の神降臨
b0145296_9271325.jpg共に餅を食う
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by sakakibara-onsen | 2017-01-07 06:00 | 吾作のものしり箱
風車の搬入の想い出画像
平成10年(1998)年12月23日未明、当時のNKK(三重県津市)から国道165号を通り、青山高原の建設現場へ1基分の風車部品が運び込まれました。
国号165号は大三(白山町)の近鉄ガードが低いため通れず、農免道路・グリーン道路を通り、写真はその交差点(榊原町)です。
一つひとつの部品が大きいだけに、2車線を占領するほどの大型トレーラー7台に分けてパトカーの先導でゆっくりと輸送されました。
もう18年も経つのですねぇ。
風力発電には一般に年平均で秒速6m以上の風が吹く立地が適しているそうですが、青山高原の年間平均秒速は約7.1m、ばっちりです。
どんどん増えて、もう数えられない。
最後の写真は榊原から見える風車の一部です。

b0145296_162172.jpg巨大マスト
b0145296_1622882.jpg 同 
b0145296_1625352.jpg羽根25m長
b0145296_1641858.jpg今の風車
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by sakakibara-onsen | 2016-12-27 06:00 | 吾作のものしり箱
榊原の各地にある大日さん
榊原では牛の守護神として大日如来の信仰がり、大日講を作り「大日さん」として祀ってきました。
調べると主に西日本での信仰だそうです。
中ノ山にはお堂を造り大日さんを祀っています。
なんと屋根の瓦には菊の御紋章どんな謂われがあるんでしょうね。
お堂の中には牛の絵馬や牛のワラジが奉納されています。
昨日のブログの「まちあるきマップ」の左下です。
ワラジは見るだけですよ、触らないで。

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by sakakibara-onsen | 2016-12-25 06:00 | 吾作のものしり箱
ハナカケの大日さん
榊原2区のハナカケは、昔おばあさんに聞いた話では
「この辺り一帯に花が植えられていて、榊原のお殿様がお城から眺めたり、花を摘みにござった所やわ、そやでここを花掛けと言うよになったんや」
天王さんの祀られているところに、足だけ残っている常夜灯の石柱を見ると「文政六未十二月 花掛垣内」と刻まれており、南に面した穏やかな里です。
さて、大水で流れそうになったハナカケの大日さんは、今度は盗難にあってはならないと集会所に鎮座されています。
お詣りをさせていただくと、ただ「大日」の文字が刻まれただけではなく、立派なお姿を拝顔できました。
この集会所はいつもは錠が掛かっていますが、花掛垣内の組頭さんにお願いしてお詣りできます。

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by sakakibara-onsen | 2016-12-05 06:00 | 吾作のものしり箱
ハナカケの天王さんと庚申さん
榊原の2区の西に位置するハナカケに朱塗りの鳥居があって牛頭天王が祀られています。写真では右奥ですね。
正面は庚申碑、今日は「かのえさる」で庚申さんです。
他にもたくさん祀られていますが、元々ここには大日さん(大日如来)が祀られていました。
そのために、このすぐ後ろの溝からすぐ下の大川(湯の瀬川)に落ちる滝を「大日滝」と呼んでいます。
昔々、大水が出たとき大日さんが流れそうになったので、みんなで抱えてもっと上に運んで助かったそうです。
明日のブログで大日さんにお詣りしましょう。

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by sakakibara-onsen | 2016-12-04 06:00 | 吾作のものしり箱
江戸時代の榊原温泉のセキュリティー
伊勢神宮の禊ぎとして、湯垢離(ゆごり)で開かれた榊原温泉も室町時代の終わりごろ、この地に誕生した榊原氏は伊勢神宮の大宮司を兼ね、射山神社を取り囲み防犯に考慮した大きな温泉会所を造営しました。
おそらくお公家さんたち、宮家の伊勢参宮の湯垢離を兼ねた宿舎を目的にされたのでしょう。
入口は東門ひとつとし、周囲をがっちりと囲んで不審物の侵入を防いでいます。
地元に残る「榊原湯山図」(1枚目の写真)でも確認できますが、上越市の榊神社の榊原村の図(2枚目の写真)を見ると完全に温泉会所を囲っています。
この温泉会所は江戸時代になってお伊勢参りが賑わい、榊原温泉で湯治をする旅人が多かったようです。
新潟県の赤倉温泉は越後高田藩の藩営だったようですが、榊原温泉も津藩の藩営の湯治場でした。
おそらく、おそらくですよ、藩営の湯治場は赤倉温泉と榊原温泉の2か所のみのようです。
でも榊原温泉は京の人たちをお迎えするために堅固なセキュリティーが求められたのでしょうね。

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by sakakibara-onsen | 2016-11-12 06:00 | 吾作のものしり箱
魚を持ったお地蔵さん
無縁さんに魚を持ったお地蔵さんが・・・
30年も前のことでしたが、林性寺の無縁塚に「鯖大師」が見つかり、お堂に安置してもらったのが林性寺の鯖大師です。
塩鯖を馬の背に乗せて八坂峠を越えようとした行商人に、身なりのよくない僧侶が「その鯖を一つくれ」と言ったが、行商人は「ダメだ」と断って行き過ぎようとしたところ、僧侶は
『大坂や八坂さかなか鯖ひとつ 大師にくれで馬の腹やむ』
と言うと、突然馬が腹痛を起こし動けなくなったのです。
困った行商人はその僧侶に「何か言いましたね、鯖を上げますから治してもらえませんか」と鯖を渡しました。
僧侶は『くれで』を『くれて』に直し、『腹病む』を『腹止む』と読み替えました。
すると動けなくなっていた馬が元に戻り、元気に歩き出したという。
各地の鯖大師にはこんな話が残っているようです。
なぜ榊原に鯖大師があるのでしょう?
江戸時代はお伊勢参りの旅人たちが湯治の来られる、道中の安全を願っての道祖神だったのかも知れませんね。

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by sakakibara-onsen | 2016-11-05 06:00 | 吾作のものしり箱